歌人リレー企画「つがの木」〜ネット歌人編〜第10回 有村桔梗さん

こんにちは、短歌プラットフォーム「さんばし」です。

 

歌人リレー企画「つがの木」ネット歌人編です。なんと10回目を迎えたこの連載、今回は有村桔梗さんにご寄稿いただきました。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自己紹介

こんにちは。未来短歌会フムフムランド飛地(紀野恵欄)所属の有村桔梗です。

他、うたの日、うたらば、うたつかいなどにいます。

昨年5月に発行した私家版歌集『夢のあとに』を頒布中。

 

自選5首

わたくしの夢のなかまでりうりうと真夜中色の雨は降りをり

あかねさすあぢさゐの花ひと房をきみは脳なづきを抱くやうにして

※商品に原料としたえび・かにの恋の記憶を含んでゐます

ひそやかに真夜開きたる辞典から瀛といふ字が逃げだしてゐる 

かかとからストッキングが伝線しすこしわたしがこぼれてしまふ

 

4首目まで私家版歌集「夢のあとに」より。5首目はインターネット歌会サイト「うたの日」より。

 

わたしがご紹介するのは短歌人会所属の笹川諒さんです。

 

有村桔梗による笹川諒の5首選

言語忌があるなら冬だ 過たず詩が融けるのを見ていたかった / MITASASA第2号「青いコップ」

歯を磨くたびにあなたを発つ夜汽車その一両を思うのでした / ネプリ・トライアングル(シーズン3)第一回「手に花を持てば喝采

いい感じに仲良くしたいよれよれのトートバッグに鮫を飼うひと / 詩客SHIKAKU 5月04日号「涅槃雪」

一冊の詩集のような映画があって話すとき僕はマッチ箱が見えている / MITASASA第3号「半分はせかいの涙」

あなたよりあなたに近くいたいとき手に取ってみる石のいくつか / ブログ「Ryo Sasagawa's Blog」「自選十首」

 

* * * * *

・言語忌があるなら冬だ 過たず詩が融けるのを見ていたかった / MITASASA第2号「青いコップ」

 

「あるなら」という仮定でありながら、「冬だ」と断定される「言語忌」。そもそも「言語忌」とは何だろうか。

「**忌」と何等かの名詞とともにいわれる時、それは誰かの命日を指すように思う。しかしこの場合は、言語の死そのものを弔うための忌日のように思われるのだ。

燃える、燃やすというのならばブラッドベリを想起するが、ここでは「融ける」。おそらくは紙にも記されることなかった言語なのだろう。どこか雪のような存在を思う。

「過たず詩が融ける」…融けるのを前提として紡がれる詩。

「過たず」とあるので、作中主体はそのはかなさを愛しているのかもしれない。そして「見ていたかった」はそれを弔うための行為であるのだ、と思う。

   

 

・歯を磨くたびにあなたを発つ夜汽車その一両を思うのでした / ネプリ・トライアングル(シーズン3)第一回「手に花を持てば喝采

 

歯と歯ブラシとの摩擦音は汽車の走る音を想起させる。「夜汽車」であるから朝ではなく夜の就寝前の歯磨きだろうか。

「あなたを発つ」なので歯を磨いているのは「あなた」であり、作中主体はその比較的近くにいるのだろう。きっと素敵な歯並びの「あなた」。

暗闇のなかをひた走る夜汽車が、ほのひかる姿が浮かぶ。その夜汽車の向かう場所はどこなのだろう。

そして「はをみがく/たびにあなたを」と、句跨る韻律が「旅」という言葉を連れて来る。

 

 

・いい感じに仲良くしたいよれよれのトートバッグに鮫を飼うひと / 詩客SHIKAKU 5月04日号「涅槃雪」

      

「鮫を飼うひと」というところで魅力的であるのに、「よれよれのトートバッグ」、である。

おそらくトートバッグが大きいのではなく、鮫が小さいのだろう。かわいい。そうは言っても鮫は鮫だから、もしかしたら咬まれるかも、という危険があったりするのかもしれない。

最初からよれよれのバッグに鮫を入れることにしたのか、鮫を飼いつづけることによってよれよれになったのかはわからない。しかし「よれよれ」は、確実に「トートバッグ」にも「鮫」にも愛着を抱く「飼うひと」の像を結ばせる。

そして初句の「いい感じに」により、実在するかどうかわからない「そのひと」と仲良くしたいという作中主体のキャラクタを立ち上げることに成功しているように思う。

 

・一冊の詩集のような映画があって話すとき僕はマッチ箱が見えている / MITASASA第3号「半分はせかいの涙」

 

一般的な短歌よりも一句多い。破調というよりは、いわゆる旋頭歌「5・7・7・5・7・7」と同じ形式で詠まれた歌である。

「一冊の詩集のような映画」、実在する映画があるのかもしれないし、ないのかもしれない。「一冊の詩集のような」という比喩からは、アクション映画のように見どころがわかりやすい形で提示されている映画というよりは、それぞれの抽象的なモチーフがどこか奥深くでつながっているような思索に富んだ映画を思い浮かべる。

その映画について「僕」が誰かにどんな映画かを説明するようなシチュエーションなのだろうか、と考えているところに、いきなり登場する「マッチ箱」。

しかも僕が見ているというのではなく、「見えている」という。このマッチ箱は、その映画の内側にあるものなのか、外側にあるものなのかはわからない。「僕」にだけ見えているマッチ箱なのかもしれないし、その話をしているときに目の前に置かれている(物質としてその世界に存在する)マッチ箱なのかもしれない。

「マッチ箱」の中にはマッチが入っているだろう。マッチは火を想起させ、このマッチ箱の存在が読み手を新たな位相へと連れてゆくように思われる。

 

 

・あなたよりあなたに近くいたいとき手に取ってみる石のいくつか  / ブログ「Ryo Sasagawa's Blog」「自選十首」

 

「あなた」にいちばん近いのは「あなた」自身である。けれども誰よりも、あなた自身よりも「近くいたい」と思っている作中主体。

そんな時に「手に取ってみる石」の意味とは何だろうか。「あなた」との距離を詰めるための手段として必要なのかもしれない「石」。吟味され選ばれる「石」。特別な石なのかと思いきや「いくつか」とあるので、何等かの基準はあるものの普通の「石」なのだろう。近くにいたいのではなく「近くいたい」ので、寄り添いたいというよりは「あなた」という存在との同一感を願っているような印象を受ける。どこか天秤を釣り合わせるための分銅を思う。

 

 

 * * * * *

 

以上、五首について書いてみました。あまり推せてなくて申し訳ありません…。

詩や川柳にも手を広げられている笹川さんですが、繊細で緻密な言葉選びと、どこか幻想的でありながらリアルな手触りを感じさせるところが魅力だと思います。

三田三郎さんとのネットプリント「MITASASA」も出されており、今後の御活躍が楽しみな方です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ありがとうございました。

更新予定

5月22日(水) 学生短歌会編 川上まなみさん

5月29日(水) ネット歌人編 笹川諒さん

変更の可能性がありますので、最新情報はTwitter@sanbashi_tankaをご確認ください。

 

 お知らせ

○私家版歌集の情報を募集しています。

 

不定期連載「短歌界とジェンダー」は持ち込み型の企画です。ご寄稿をお考えの際はsanbashi.tanka@gmail.comまたはTwitter@sanbashi_tankaのDMまで概要をお知らせください。

基本的に不採用はありません。文字数制限や締切もありません。

ご自身のTwitterなどで発信した内容を再度掲載することもできます。複数ツイートに渡る内容をつなげれば十分記事として採用できると考えています。その他不明点がありましたらお気軽にお問い合わせください。

たくさんのご意見をお待ちしております。

 

○さんばしは投げ銭を募集しています。Amazonギフトカードによる投げ銭についてはこちらPayPalによる投げ銭は https://www.paypal.me/sanbashi まで。