歌人リレー企画「つがの木」〜学生短歌会編〜第5回 加賀塔子さん

こんにちは、短歌プラットフォーム「さんばし」です。

歌人リレー企画「つがの木」の学生短歌会編、第5回は加賀塔子さんをお迎えします。

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こんにちは、早稲田短歌会および結社かりんの会に所属しています、加賀塔子です。

1998年の春生まれ。わせたんは4年目、結社には参加して2年目です。

好きな歌人は大森静佳、横山未来子、大下一真

お能もすこしだけさわったことがあります。宝生流です。

 

Twitter:@qw_fk

 

過去の機関誌早稲田短歌はこちらで読めます。

http://wasedatanka.web.fc2.com/wasedatankaweb/index.html

 

 

自選5首

英語には遺品といふ語なきことを爆心地より戻り来て知る

同志社女子大学SEITO百人一首

 

大枯野駆け東(ひんがし)の岬まで幾人が来むわれの弔ひ

(「枯れ野まで」早稲田短歌47号)

 

地図上の海を掬ひて塗るやうな心地をこのむコリアンコスメ

(かりん2018年11月号)

 

口から枝が出さうだ肺に生えた樹の  いつでも私は泣きたいだけで

(かりん2018年12月号)

 

きつとわたしこの人を好きになるいつか  伸ばされた手の産毛がひかる

(かりん2019年1月号)

 

 

私が今回紹介するのは結社塔、ura、岡山大学短歌会に所属している川上まなみさんです。

 

加賀塔子による川上まなみの5首

 

過去になる人が君にも私にもいてしんしんと降りつもる雪

(「冬日向」岡大短歌3)

 

掬うことできぬ手として濡れてきたナイキのスニーカーを揃える

(「ぬばたまの」岡大短歌4)

 

やりたいと思ったことをやる日々の、春を理由に群れている草

(「春を理由に」岡大短歌5)

 

火のなかを来たのでしょうか、そうですか 戦争はいつか美しくなる

(「2024」同上)

 

これまでの旅の話をするようにヴィオラ調弦低く始まる

(「止まない拍手」岡大短歌6)

 

川上さんの短歌は主体の感情+情景の形のものが多く、岡大短歌4の企画で往復書簡をした大森静佳さんの影響が見られます。この企画で大森さんが「景を甘美にうたいあげるんじゃなくて、下句に冴えた認識がある。」とおっしゃっていましたが、まさしくその通りです。

 

過去になる人が君にも私にもいてしんしんと降りつもる雪

(「冬日向」岡大短歌3)

過去になる人、というのは昔の恋人のことでしょう。連作の他の歌からこの「君」と主体は恋愛関係にあることが分かります。恋人の昔の恋人には、嫉妬を感じる人も多いと聞きますが、主体はその事実を冷静に歌っています。過去になる、とあるので完全に過去になるのにはまだすこし時間がかかるのでしょうか。

下句では静かに降る雪のイメージが提示されますが、どこに降っているのかはわかりません。ふたりが道に積もりゆく雪を見ているのかもしれないし、ふたりの方に降り積もっているのかもしれません。どちらかは分かりませんが、清らかに降る雪のイメージが、これから重ねてゆくふたりの記憶や思いと重なり、美しい恋のはじめの歌となっています。

 

掬うことできぬ手として濡れてきたナイキのスニーカーを揃える

(「ぬばたまの」岡大短歌4)

恋愛を歌った一連の作品です。水かきのないわれわれの手は水を掬うことができません。しかしこの主体は掬おうと手を水に浸してきたのでしょう。なにを掬おうとしたのでしょうか。また同音の救う、にも通じるものがあります。濡れてきた、とあるので何度も手を伸ばしてきたのでしょう。その手が実態をもつ、確かに存在するナイキのスニーカーを揃えることで、空想ではない実感を持って現れます。この手はなにも出来ず、スニーカーを揃えることしかできない、という諦念もどこか感じられます。

 

 

やりたいと思ったことをやる日々の、春を理由に群れている草

(「春を理由に」岡大短歌5)

やりたいと思ったことをやる、それは当たり前のように見えてむずかしいことです。私たちは毎日を生きているなかで、やりたいと思ったことをやらずに、やれないでいたり、望んでもいないことを仕方なくこなしていたりします。それゆえこのやりたいと思ったことを選び取り、行動する 日々、とあるのでこれは繰り返し行われているのでしょう。

春は生命が芽吹く季節です。多くの草木が茂りますが、主体はその草草が群れている理由は春なのだと言います。どこか気だるげで気負っていない情景により、上句の日常が主体にとっては大事ではない印象になります。肩の力を抜いてやりたいことをやる、とても羨ましい姿勢の歌です。

 

火のなかを来たのでしょうか、そうですか 戦争はいつか美しくなる

(「2024」同上)

「2024」は戦争が起こった日本を舞台にした近未来の連作です。この連作は川上さんのターニングポイントとなる作品です。これまでの主体の日常をテーマとした連作と異なり、世界観を作り上げ物語を構成する連作となっています。川上さんはこの作品から、それまでの日々のスケッチのようなタイプの作品に加え、意識的に物語を作り上げる連作にも手を伸ばしています。川上さんの新境地、と言って差し支えないでしょう。

掲げた一首に戻ります。いきなり会話のような文体 火の中を来る、という会話は普通にはなされないものですが、戦争のある世界では違います。爆撃に遭遇した人を主体は見たのでしょう。煤がついた服や焼け爛れた肌を。しかし歌の文体はまるで童話のようで穏やかな詩的なものです。

「戦争はいつかうつくしくなる」、これは現代に生きるわれわれへの警告です。戦争が終わり数十年の時を経てば、戦争の惨さを忘れ美化してしまう人も出てきます。やわらかな文体で批判をする、巧みな一首です。

 

これまでの旅の話をするようにヴィオラ調弦低く始まる

(「止まない拍手」岡大短歌6)

こちらの連作も物語を作り上げるタイプのものです。オーケストラの演奏会の一連で、主体が観客であったり奏者であったりとオムニバス形式の連作です。

調弦なのでこれから演奏が始まるのでしょう。何度か低く鳴らされる音色が、にんげんが物語っているように聴こえるという、不思議な比喩です。岡大短歌6の荻原裕幸評で「まるでヴィオラ自身が長い旅をしてきたようで楽しい。」と書かれているように、読者の想像が膨らむ作品です。

 

 

以上、川上まなみさんの5首を紹介しました。川上さんの歌はやさしげな物言いのなかに、鋭く何かを指摘する姿勢があると思われます。川上さんのこれからのご活躍を、一読者として祈念いたします。

 

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ありがとうございました。

更新予定

5月15日(水) ネット歌人編 有村桔梗さん

5月22日(水) 学生短歌会編 川上まなみさん

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