歌人リレー企画「つがの木」〜学生短歌会編〜第9回 雪吉千春さん
こんにちは、短歌プラットフォーム「さんばし」です。
歌人リレー企画「つがの木」の学生短歌会編、第9回は雪吉千春さんをお迎えします。
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自己紹介
こんにちは、早稲田短歌会所属の雪吉千春と申します。
2000年生まれで、四列シートの夜行バスでぐっすり寝られるのが強みです。鼻濁音は天然でも習得したものでも好きです。
自選5首
踏切の向こうにきみがいる夢の季節のわからなさに縋った
悲しくない声が聞きたいわがままでごめんねネズミ花火を放る
(「ほころび」『早稲田短歌』48号)
のど飴は知らないうちに舐めおわりそういえば縁切ったんだった
自転車を全速力で漕ぎ出せば痛む喉にシャトルランの空気
(「夢、いつまでも夢だった」『懐露』vol.1)
手のひらに傷を作った真冬日の 君がどうして謝るんだよ
(「桜の小指」『歌壇』2018年2月号)
私がご紹介するのは九大短歌会の神野優菜さんです。
雪吉が選ぶ神野優菜の5首
わけがないと会えない人のせわしさの積もるばかりの雪に触れたい
(第5回大学短歌バトル2019 題詠「人」)
怒られると思っていたら抱きしめてもらえたような陽だまりでした
(「雨はぬくもり」『九大短歌』第八号)
ヒヤシンス夏に咲いてよ変わらないねって言われて微笑むように
(「Cough Drops」『九大短歌』第八号)
眠たさとしやべりたさとの境目に金魚の尾びれのやうな相づち
(「零れ桜」『九大短歌』 第九号)
さよならの夕べの雨はあなたから放たれた矢だと思って濡れる
(「矢車菊」『千紫万紅』)
わけがないと会えない人のせわしさの積もるばかりの雪に触れたい
彼女の歌には「○○さ」という言葉がよく使われる。この歌では「(自分の)さびしさ・切なさ」ではなく「(相手の)せわしさ」を中心に据えたところが良い。一見すると「触れたい」という言い方から二人の関係を一歩進めようと手を伸ばしているように思えるが、「わけがないと会えない」のは相手が忙しいからだと自分に言い聞かせているようにも読める。この雪が実際に目の前にあるのかはわからないが、降り積もる雪に託しているのが自分の一方的な感情ではなく相手の日々の状況であるという、あくまでも相手に寄り添おうとするような優しい視線が窺える。
怒られると思っていたら抱きしめてもらえたような陽だまりでした
「怒られると思っていたら」という前提に物語を感じた歌。いったい何が起きたのか、具体的なことは最後まで知らされない。ただ一瞬身構えた後に安心感に包まれた感触を読者は追体験する。「陽だまりでした」という静かな終わり方が余韻を残している。
ヒヤシンス夏に咲いてよ変わらないねって言われて微笑むように
ヒヤシンスの開花は3~4月。「変わらない」ということは、夏になってもそのまま咲き続けてほしいと言う無茶なお願いをしているのだろう。「変わらない/ねって」という「ね」に強調のアクセントが置かれる句またがりによって、この微笑は同意を求める押しの強さに困って表れたものではないかと感じた。そのような無茶な「そのままでいてほしい」という欲を主体も投げかけられたことがある上で、ヒヤシンスに自分を投影しているのかもしれない。
眠たさとしやべりたさとの境目に金魚の尾びれのやうな相づち
一緒に部屋にいるのか、電話しているのか、だんだん瞼が重くなり相づちも曖昧になってくる時間をうまく切り取っている。金魚の尾びれがゆらゆらと透明に揺れる様子が、ゆっくりと縦に振る首やふわふわと喉から出る声と重なっていて、比喩の上手い一首。
さよならの夕べの雨はあなたから放たれた矢だと思って濡れる
あなたと別れた後の情景を詠んだ歌だろう。去り際に「あなた」が残した言葉あるいは感情が、想像上の矢として無数に降り注ぐ中に立ち尽くしている。呆然としているというよりはその雨に含まれたメッセージを静かに噛み締めているようだ。行動だけを取り出すと悲劇のヒロインめいた主体像を想起させるが、自然な語り口が過剰になりがちな情緒をうまく制御している。
神野さんの歌はどの季節でもやさしい。自分を押し付けることなく「あなた」を想い、それでいて自己完結しないような語りかけ方が彼女の魅力だと思う。
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ありがとうございました。
更新予定
7月10日(水) ネット歌人編 温さん
7月17日(水) 学生短歌会編 神野優菜さん
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