歌人リレー企画「つがの木」〜学生短歌会編〜第4回 淡島うるさん

こんにちは、短歌プラットフォーム「さんばし」です。

歌人リレー企画「つがの木」の学生短歌会編、第4回は淡島うるさんをお迎えします。

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こんにちは、立命館大学短歌会所属の淡島うる(あわしま・うる)です。

北海道出身。最近の楽しみは酒を飲みながら蝋燭の灯りのもとで短歌を毛筆すること。最近の悩みはよく蝋と墨をこぼし、たまに半紙を燃やすこと。

twitter:@ogakuzuJD

note:https://note.mu/ogakuzu

 

自選五首

 

縁側の鉢植えのことを考える 姻族関係終了届

(2017年度短歌道場in古今伝授の里出詠)

 

泣く君に安易に触れてなるものか ?(クエッショニング)の弧のかぼそさよ

(フリーペーパー『こいぶみ』)

 

待ちわびた海風を絡みつけて飛ぶドルフィンエンドルフィンエンド

(「備忘録」/『立命短歌 第五号』)

 

みんなただ湖畔に憩っているみたいなのに花火は始まってしまう

(「トランポリン」/ネットプリントねこまんまvol.4』)

 

雲形のふせんにガムを吐き出して大切だったなんていつか言う

(「パレイドリア」/『立命短歌 第六号』)

 

 

 

私が紹介したい歌人は、早稲田短歌会所属の加賀塔子さんです。

 

 

淡島が選ぶ加賀塔子の5首

 

 

地図上の海を掬ひて塗るような心地をこのむコリアンコスメ

「かりん」2018年11月号)

 

いま一日(ひとひ)会ふことあらば病むわれをいかにおもふか六度目の夏

(「轍」/ネットプリント・わせたん失恋部)

 

昼時の笑ひ話にととのへて心病みしを友らに告ぐる

(「枯れ野まで」/早稲田短歌47号)

 

大枯れ野駆け東の岬まで幾人が来むわれの弔ひ

(同上)

 

また僕を歌にするのと言ふやうにくらき廊下に立てる弟

(「岸に立つ」twitterアカウントより)

 

 

 

地図上の海を掬ひて塗るような心地をこのむコリアンコスメ

 

 

歌会の詠草で出会った歌でした。加賀さんの歌とは知らず、匿名の歌に心奪われたのでした。

「コリアンコスメ」は、私も毎日のように使う、いわば卑近なモチーフです。それを、なんて気高く取り出して見せていることだろうと感嘆しました。

昨今の若者の間における韓国ブームの中でも、特に化粧品は安くてかわいくて実用的で、他の韓国文化にはまっているわけではない私などもつい手に取ってしまいます。日本にも韓国コスメの店舗は増え、おそらく多くの女性にとってなじみ深いアイテムになりつつあると思います。

私はこれを、「コリアンコスメ」という呼び方をしません。肌感ですが、「韓国コスメ」のほうがより一般的な呼称と思います。その違和こそが、今や(私の)日常に膾炙したはずの「コリアンコスメ」のエキゾティシズムを再起させました。

上句に立ち戻ると、異国の化粧品を用いて自らを飾ることを、「地図上の海を掬」うと表す感受性の豊かさに圧倒されます。実際の海ではなく、「地図上の」と書き添えられることで、海を挟んで隣り合う日本と韓国の図像が自然と浮かび上がります。ほとんどその価格を理由に韓国コスメを使っている自分が恥ずかしくなるほど、この主体の持つまなざしの広さと、粧うという行為へ臨む際の気品を感じられる一首でした。

 

 

いま一日(ひとひ)会ふことあらば病むわれをいかにおもふか六度目の夏

 

ネットプリントの共通テーマが「失恋」ですから、この「会ふ」対象は過去の恋愛の相手であるとして読みました。

四句目までのなめらか且つどこか頼りなげな音の連なりと、「六度目の夏」という視覚的にも聴覚的にもきっぱりと響く五句目のおりなす全体の韻律は、直接的に感情を表す語句を持たない歌の演出に大きな役割を果たしています。四句目までは、相手を思い返す心に揺蕩うような様子を見せながら、最後には夏を起点に繰り返された六年間が、重みをもって主体と読み手の前にあらわれるのです。

六度目の夏」は、やはり失恋がテーマということもあり、恋を終えてからの時間でしょうか。主体が想起しているのは、六年前に別れた誰かのことだけではなく、その人とともにいた、健やかだったころの自身をも含むでしょう。主体は単純に過去の相手に慰めを求めているのではなく、健やかな自分のみを知る相手の視点を通して、現在の「病むわれ」を見つめなおしたがっている気がしてなりません。

 

 

昼時の笑ひ話にととのへて心病みしを友らに告ぐる

 

大枯れ野駆け東の岬まで幾人が来むわれの弔ひ

 

 

五首選という都合があるために非常に悩みましたが、企画の趣旨とはずれることを恐れつつ、一つの連作からこの二首を引きたいと思います。ぜひ通して読んでいただきたい連作です。

これは五首連作「枯野まで」における三・四首目であり、前半では、主体が過去に児童虐待を受け、現在は精神的なケアを受けているという文脈が提示されています。

「友ら」が深刻にそれを受け取らないように、決して「笑ひ話」ではないことをそのように仕立てる主体の健気さと、内心に抱えている苦悩と葛藤。しかしこの努力を強いられる機会は、誰しもが一度は経験するのではないでしょうか。だからこそ共感も生まれるのですが、それ以上に私は続く四首目への転換に驚かされました。

「昼時の笑ひ話」から導かれるような、たとえば大学の食堂や教室の景色から一転、読者には眼前いっぱいの「大枯れ野」が突き付けられます。三首目では、主体の行動にも作品自体にも現れず抑圧されていた叫びが、ここに一挙に発露しているようです。

「弔ひ」はこの連作において、決して唐突ではありません。主体が自らの死への思いを抱えていることは、明示されずともこの短い連作に織り込まれていると思います。しかし私は、この二首の描くコントラストに息をのむ心地がしました。まるで私自身が、主体の苦悩や病についてを「昼時の笑ひ話」だとしか思っていなかったんじゃないのかと、見透かすように問われている気がしたのです。

紙幅の都合引用がかないませんが、この飛躍からの5首目におけるなだらかな収束もまた必見です。

 

 

また僕を歌にするのと言ふやうにくらき廊下に立てる弟

 

この歌の収められた連作「岸に立つ」は、障がいを持つ弟と主体との関係を主題としています。

 

加賀さんの作品の主題にはたびたび、病や虐待、貧困など、具体的な苦境があらわれます。

このような作品において、加賀さんの作品の気高さはいっそう際立つように感じます。それを歌う姿勢は、読者におもねることなく、毅然として、しかし同時に歯を食いしばって現実に対峙しているように思います。ほんの一例にすぎませんが、これまで取り上げた作品にもそれは表れています。私はまさに、その歌いぶりにあこがれているのです。

はじめ私は、日常語と距離を置く文語で書かれていることが、その雰囲気の一端を担っているのかもしれないとも考えました。口語でしか歌を作ることのできない私は、それを今も完全に否定することはできません。しかし連作「岸に立つ」を繰り返し読むとき、そこに在る人間や事物、その状況を端的に記述しようとする姿勢が、私の感じるところの「気高さ」「現実への対峙」の因子なのかもしれないと思いました。そしてその気づきは、かえってこのような歌を目立たせました。

 

この一首にひらめくのは、誤解を恐れずにいえば、加賀塔子という作者と主体が交わる瞬間です。これまで淡々と(またはそう努めて)つづられてきた連作が、迷いを見せる一瞬でもあります。

なお、この歌以前には、この「弟」が話せる言葉がほんのいくつかに限られている、という情報が示されています。実際に「また僕を歌にするの」と言うことのできない「弟」からそう言われる心地がするのは、前述したような事実の端的な描写というよりも、主体の深層にある虞れの反響だといえるでしょう。言葉を操ることのできる自分が、歌にされるということの意味を理解しているのかも不明である「弟」を詠み、発表する。そのことへの葛藤が滲み出ているように思います。感情の揺らぎがほかの歌よりも直接的に表出しているこの一首に私は、歯を食いしばるような主体を、作者の影を認めます。このような歌があるからこそ、私はほかの歌や連作全体に、空虚な気位の高さとは違う、そうあるべしとして築かれた尊い気高さを覚えるのです。

 

 

加賀作品の幅広さと奥深さを引き出すには拙い紹介文となりましたが、より多くの方が加賀さんの作品に触れる一助となれば幸いです。

 

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ありがとうございました。

更新予定

5月1日(水) ネット歌人編 nu_koさん

5月8日(水) 学生短歌会編 加賀塔子さん

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