不定期連載「短歌界とジェンダー」第1回 高橋光路さん 歌人の属性と作品の関係 ——加藤治郎氏の「ミューズ」発言に寄せて——

こんにちは、短歌プラットフォーム「さんばし」です。

「さんばし」では短歌界におけるジェンダーに関わる問題についての不定期連載を開始しました。第1回はQ短歌会の高橋光路さん(Twitter:@moyomoyodds)にご寄稿いただきます。

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歌人の属性と作品の関係 ——加藤治郎氏の「ミューズ」発言に寄せて——

 

高橋光路

 

 2月16日、歌人加藤治郎氏が水原紫苑氏を「ミューズ」や「フランス人形」と言い表すツイートをした。「ミューズ」といった表現は水原氏の作品の形容ではなく、あくまで水原氏自身を表す言葉として用いられていた。これを受けてツイッターでは様々な意見や批判が見られた。このエッセイも加藤氏のツイートに触発される形で書いたものである。なお当該ツイートはすでに削除されたが(2月18日現在)、それで問題がなかったことになるわけではない。そのため、削除されたツイートについても言及している。これは、特に「ミューズ」という言葉に焦点を当てた一つの応答なのだ。加えて、このエッセイは必ずしも加藤氏個人の言動を糾弾するものではなく、彼が「対話のドアは開けておくのが私のポリシーです」(https://twitter.com/jiro57/status/1097428644354392064)と述べているように、当該ツイートを受けて引き起こされた対話の一環である。

 はじめに断っておくが、表現の自由と批判されない自由は全く別のものだ。表現の自由は誰に対しても開かれている。しかしその表現が偏見や差別に基づいていたり差別を助長しかねないものであったりしたために批判が寄せられた場合、表現の自由を盾にして「批判する側を批判する」姿勢はとても不誠実だ。

 加藤氏のツイートでは水原氏の美しさを讃える文脈で「ミューズ」という言葉が使われていたが、そもそも「ミューズ」という言葉の何が問題なのか。「褒め言葉として使われているし、そもそも当該ツイートは個人の回想録であるから問題ない」という意見もあるだろう。しかし女性を「ミューズ」として神格化することと差別することの根本は同じだ。「女性差別は許されない」と考えるなら、女性を神格化することにも反対するはずである。どちらも女性をモノ扱いし、人間として向き合っていないという点が共通しているからだ。また、「当該ツイートにおける『ミューズ』は『神格化』ほど大仰なものではなく、個人的な憧れが投射されたものだ」という意見もあるだろう。しかし他者を枠に当てはめてある種の「役割」を押し付けることはかなり暴力的な行為である。「個人的な憧れ」というノスタルジックな衣に包んで他者をカテゴライズすることに無頓着な姿勢はあまりにも残酷だ。

 さらに、歌人について言及するツイートにおいて歌人である水原氏を「ミューズ」という言葉で評することの背景には、作品自体の良し悪しという歌人の評価基準ではなく「女性としての見目美しさ」という評価基準がある。短歌について語る際に水原氏を真っ先に「女性」として見ることは、歌人の功績を評価するときには「女性としての美しさ」が加味されるべきだということに繋がり得るのだ。これはもはや加藤氏個人のツイートにとどまる問題でない。

 昔に比べれば減ってきたが、女性の歌人は「女性(女流)歌人」と呼ばれ、その作品は「女性ならでは」「女性らしい」といった言葉で語られてきた。様々な短歌賞において作品は匿名で——歌人の属性を排して——評価される一方、一首評などでは作品と歌人の属性を結びつけて考えられることが少なくないのだ。ここで言う歌人の属性は、「女性」にとどまらない。例えば、若くして亡くなった歌人に言及する際はほぼ必ず「夭折の歌人」と言い、「夭折」という属性ありきの解釈がなされることが多い。まるで短歌の良し悪しには歌人の属性が関係していると表明しているかのようだ。

 さらに、「女性ならでは」などといった表現は歌人の想像力・創造力の限界を設定することになりかねない。そのような表現は、裏返すと「女性ではない性別の歌人には不可能だ」と言っていることと同じだからだ。

 歌人を属性によってカテゴライズし、作品の評価に歌人の属性を過度に盛り込もうとすることは危険である。しかし現状、カテゴライズと属性の盛り込みはしばしば見られる。加藤氏の「ミューズ」という表現は、そのような習慣の一つの発露でしかないのだ。

 

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